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故佐々木将人先生の著書からの引用「人生山河ここにあり」(マネジメント社

5月19日

ー極 意ー

心を掛ける

頭山満(とうやまみつる)翁のところへ、「先生、ご無沙汰しました」と、ある人が訪ねてきた。
「先生、早速ですが、今日和は家宝の掛け軸を持参しました。貧乏な今、私に不似合のもので、かといって、家宝を金に換えるにしのびず、先生に掛けて頂くのが一番と思いまして・・・」
と言って、その掛け軸を差し出した。
頭山先生は、
「それは、すまんこったなァ」と言って、早速に床の間に掛け、ジィ―と鑑賞した。そして、二度三度、掛け軸と客人の顔を見比べながら、独りうなずいて、微笑み、
「やァ、今日は暫く振りですばらしい心の保養をしたわい。有難う。これはお礼という訳ではないが、まあ、取っておきな」
と、物か金か、床の間に置いてあった新聞包みを客人に差し出した。すると、客人は、
「と、とんでもございません。先生に持って頂けるだけでよいのでございます。ここで先生からお金を頂戴なんぞしたら、先祖に叱られてしまいます。」
「それは、良い心掛けじゃ。そのご先祖の心に触れたければ、時々来て見るがよい。これは。掛軸代というわけではない。敬神崇祖の君の心が気に入ったからだ。先祖供養の足にでもしてくれ」
頭山翁は、客人に包みを持たせてやった。客人は、畏敬おくあたわぬ慈悲深き翁に、三拝九拝して帰っていったという。


それから数日後のこと。
画商が頭山翁のところへやって来た。
床の間に掛けててある掛軸を見つけ、
「ほお、これは珍しい立派なものでございますな」とじっと、鑑賞していたがー、
「一寸待って下さいョ。先生、これは贋物(にせもの)ですよ!」
それを聞きつけた頭山翁は、ジロリと横目で、画商を睨みつけ,肚の底から響くような太い声で、
「馬鹿者!わしのところへ贋物を持ってくる奴がいるか。いいか、わしは掛軸を掛けているのではない。人の心を掛けているのだ」
と言った。
画商は、その言葉に縮みあがったものの、翁の深慮と思いやりに心をうたれたという。
「物」しかしらなかったその画商は、それ以来見えざる”心の掛軸”を、肚の中の”床の間”にドッカと掛け、男の風鎮と相和セ、「肚の画商」を目指して、その後、精進修行したという。

 

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