お知らせ

2段審査に合格されましたIさんの論文です

8月03日

二段審査を前に思うこと

 ​私は日頃、東洋医学をベースとした鍼灸の仕事に携わっております。東洋医学において健やかな身体の象徴とされる状態に「頭寒足熱(ずかんそくねつ)」という考え方があります。これは頭部や身体の表面、上半身は涼やかで静まり、腹部の深部や下半身が温かく充実している状態を指します。この状態を保つには、身体の中心である「丹田」を充実させ、動作も呼吸も丹田を中心に行うことが肝要であると考えられています。

病気や身体の不調の多くは、この頭寒足熱が逆転し、頭部や上半身に熱と力が集まり、下半身が冷え、力が抜けてしまっている状態と捉えることができます。

合気道をはじめる以前から、私は知識として頭寒足熱や丹田の重要性を十分に理解しておりました。そのため、イメージトレーニングのように「自分の身体も当然そのようになっているはずだ」と思い込んでいたのです。

しかし実際の当時の私は、慢性的な肩こりや重度の花粉症、常に拭えない倦怠感を抱えていました。患者様を頭寒足熱の身体へと導くべき治療家である自分自身が、最もその状態から遠ざかっていたのです。

この現状を改善すべく、ヨガや気功なども検討しましたが、以前から憧れのあった武道を通じて、自然な身体の使い方を身につけたいと考え、合気道を習うことにしました。武道でよく言われる「上虚下実(じょうきょかじつ)」と東洋医学の「頭寒足熱」は、非常に近い身体感覚を表しているように思います。その意味でも、武道と東洋医学は親和性が高いと感じています。

​当時の私は、今以上に「頭でっかち」な人間でした。今振り返ると、知識だけに頼り、自分の身体を理解した気になっていたことに恐怖を感じるとともに、こうして須磨先生の合気道とご縁をいただけたことに深い感謝を禁じえません。

​当然ながら、入会してすぐに丹田の感覚を掴めるはずもありませんでした。むしろ稽古を通じて突きつけられたのは、自分自身が上半身に余計な力を込め、身体全体をガチガチに緊張させているという現実でした。丹田を身につける以前の課題が山積している状態が長らく続きました。

丹田の感覚を得ようと、様々な試行錯誤を繰り返しました。しかし、長年培われた力みは簡単に抜けず、身体感覚の乏しかった私は「お腹に力を入れる」ことしかできませんでした。力を入れすぎるあまり腰痛を引き起こしたり、便秘になったりすることもありました。今思えば、「丹田を意識すること」と「お腹に力みを込めること」を混同していたのだと思います。

​​大きな転機となったのは、地道な日々の稽古に加え、コロナ禍において基本の動作を繰り返し、ゆっくり丁寧に稽古させていただけたことでした。これにより、徐々に「自身の身体感覚を客観的に観察する習慣」が身についてきました。身体の感覚を観察しようとすると、自然と身体の緊張を緩めなければ、その微細な変化を捉えることができません。丁寧な観察を重ねることで、少しずつ「脱力」の感覚が芽生えてきました。

今では、丹田や身体の軸は、無理に「作る」ものではなく、日々の稽古などを通じて身体の余分な力を抜いていった結果として、自然にまとまっていくものではないかと感じております。

現段階において、私が感じている丹田は「上半身を安定して乗せる土台」のような感覚です。頭部を含めた上半身の重みを丹田という一点のみで受け止めることで、その重みが下へと伝わると同時に、作用・反作用の法則のように、上方向へと同じ力が抜けていく感覚があります。このことが、よく言われる「天から引っ張られる感覚」や「指先から何かが出ていく感覚」のなのではないかと思っています。

さらに、この土台である丹田を、須磨先生のお教え通り「腹の前」で意識すると、空間全体や相手との間合いを捉えやすくなり、いわゆる「結び」の感覚が生じているように思います。その結果、手足から余計な力みが消え、動作全体がスムーズに連動するのを実感できます。

しかしながら、この身体感覚も、稽古の質や量によって、精度に差が生じるように思います。未だ私の感覚は粗く、不自然に頭や腕の力だけで動いてしまう技も多く、試行錯誤の渦中にあります。

また、​こうして「丹田、丹田」と繰り返し述べていること自体が、私自身がまだ丹田にとらわれ、完全に身につけられていない証拠であると自覚しております。少しずつ身体感覚の精度を高め、いつしか丹田を意識することすら不要となる境地を目指し、稽古を重ねてまいりたいと考えております。

最後に、丹田に意識が収まっているとき、私は「今、この瞬間」に集中して生きている感覚を覚えます。過去の後悔や未来への不安にとらわれているときは、決まって丹田が抜けています。しっかりと丹田が定まっているときには、腹の底から湧きあがるような元気がみなぎります。合気道を始めた当初に求めていた「健康な身体」を超えた、人生における大きな糧を合気道から授かっていると感じております。

結びとして、​私が今日まで稽古を継続でき、二段審査の機会をいただけるまでになれましたのは、いつも温かくご指導いただく須磨先生、そしていつもお相手くださる道場の皆様のおかげです。心より深く御礼申し上げます。

​これからも、自然体で丁寧に動く心地よさを味わいながら、地道に稽古に励んでまいります。今後ともご指導のほど、よろしくお願い申し上げます。

コメント入力はこちら