4段審査に合格されましたTさんの論文です。
4月27日
【合気道との出会いそして】
はじめに、これまで多くの皆様に支えられ今日まで合気道を続けてられた事に感謝致します。須磨師範、佐々木師範、そして大阪合氣塾の皆様ありがとうございました。
さて、私が初めて合気道に接するきっかけからお話ししたいと思います。
それは、1992年に遡りますが、当時仕事柄朝早くから夜遅くまで長時間仕事に拘束されながら夜は接待やら会社の同僚やらとほぼ毎晩飲み歩く日々。
当然肝臓は悲鳴を上げ、ぶくぶく太り、顔色はどす黒く、めちゃくちゃな生活を送っておりました。
ある日会社の先輩から「合気道って知ってる?」
「いや、知りません」「ちょっとやってみる?」と。
「それって、武道じゃないですか?」
「そうだけど、空手とかと違って試合は無いし、殴る、蹴るもないんで、痛くないから。下は小学生から上はおじいちゃんまで、皆さんそれぞれの体力に合った稽古ができるんで、一生ものだよとお誘いを頂きました。
まあ、取り敢えず近場の道場まで行こうかとなりました。これが最初のきっかけです。初めて行った道場ではまず基本からスタート。前受け身をちょっとやっただけで、ぜいぜいはーはー、気持ち悪くなり、一発離脱。えーこんな事で吐き気までするか?これが初めの一歩でした。
先輩には、「とても無理です。止めときます。」とお話しましたが、「まあまあ、ぼちぼちやれば良いよ、焦らずにな。」ということで、しぶしぶ続けることとなりました。こうして、何回か通ううちに、徐々に慣れていきふと気づくと、まあ、行けそうやな、もうちょっとやってみるか、となり、そこからは少しづつ面白味も解って来たこともあり、続けていくこととなりました。
いつの間にかその先輩は道場に来なくなりましたが。1年ほどして転勤することとなりそこから約2年間合気道から遠ざかることとなりました。このまま終わるのかなと思っていたところ、またまた転勤。
この時いよいよ運命の出会いが・・・
須磨師範率いる大阪合氣塾の門をたたいたのです。
この時のきっかけもかの先輩でした。須磨師範とは大学時代の同期であり、会社の同期でもあったことからご紹介いただきました。当時を振り返ると、慣れない大阪転勤のタイミングでの合気道再開は精神的にも肉体的にも当時の私の支えとなりました。
この時の最初の稽古でも前回同様ちょっと前受け身をしただけで、吐きそうになるほど体は鈍っており、顔色も後に須磨師範から教えて頂きましたが、どす黒くこのままじゃあやばいんじゃないかとご心配を頂いたほどでした。
須磨師範からは、「大丈夫!稽古すれば忽ち良くなる!」と心強いお言葉を頂き少しづつですが続けていこうと決心した次第です。
その後いろいろな出会いがあり、今日に至るわけですが、とりわけ印象に残っていることは、佐々木師範との出会いです。
ある時、「ついてます!」を鏡の前で言うんだ!
そうすれば目の前が開ける!と仰っていただき、単純な私はこれだけは従順に続けていきました。
いまだに信じておりますが、この実践の後良いことが次々起こり、上向いていきました。今では時々忘れることがあり、その都度原点に立ち返らないとと、自分自身戒めております。
長々と合気道との出会いから今日までを振り返ってきましたが、では合気道が人生にどんな影響を与えてくれたか?
皆さんそれぞれ色々な思いで合気道に精進されていると思いますが、稽古で心身を鍛えることは勿論の事。物事の判断において合気道の精神があるからこそ上手くいくと感じることがとても多いと感じます。
若いころはイケイケどんどん怖いものなしでやってきましたが、歳を重ねるごとにそれじゃあダメやな、上手くいかんなと感じるようになり、その時々で合気道精神を通じて考えよう、ちょっと立ち止まってみようとなっていきました。最近ではこんな事の繰り返しで、何事にも動じない精神を作っていくのかなと感じております。
最後にこの度四段審査の機会を頂いたことに心より感謝申し上げます。

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